映画『国宝』を観た後に原作を読んでみて。3人の女性の人生に思いを馳せる

2025年の映画といえば『国宝』ではないでしょうか。鑑賞後の「いいものを観たなぁ」と圧倒される感じ、最高でした。

ただ映画を観た後に浮かんだのが、「あそこってどういうことなんだろう」という想い。個人的に原作のある作品は、原作を観るのが好きなので読んでみることに!

読書をして得られる楽しみはなるべく残しつつ、小説を読むと知ることができる要素をピックアップしてみましたので、小説読もうか迷っている方はぜひ下記を参考にしてください。

そのうえで後ほども触れますが、春江・市駒(藤駒)・彰子について自分なりの感想や解釈を述べていきたいなと思います。

映画『国宝』では描かれなかったけれど、小説『国宝』にある要素

  • 映画版冒頭で喜久雄と一緒に歌舞伎を演じた“徳ちゃん”こと徳次の人生
  • 喜久雄の実父への敵討ちの詳細な描写
  • 喜久雄が花井半二郎のもとに預けられるようになったいきさつ
  • 春江が上阪したときに出会った弁天という男の人生
  • 喜久雄の育ての母・マツの人生
  • 興行会社「三友」社員・竹野の仕事ぶり(映画版より登場多め)
  • 喜久雄の歌舞伎以外の仕事
  • 俊介の出奔中の出来事
  • 市駒(藤駒)、娘・綾乃と喜久雄の関係
  • 彰子と喜久雄の関係(映画版ではあるシーンから登場しなくなりますが……!)
  • 俊介が戻ってきてからの喜久雄と俊介の役者人生
  • 歌舞伎の他の演目
  • 万菊の最期
  • 俊介の息子・一豊の人生

映画を観て、これらの部分についてもっと知りたいと思った方は、原作も読んでみることをおすすめします!!

徳次の人生や俊介の出奔など、読み応えたっぷりです。

映画『国宝』を観て女性たちの気持ちが理解できなかったので原作を読んでみた

私は『国宝』に出てくる女性たちの気持ちの変化をもっと知りたくて、原作を読んでみました。映画は映画でもちろん面白かったのですが、原作を読んだら女性たちの姿が生々しく、ありありと思い浮かびました。

ここからは『国宝』に登場する春江・市駒(藤駒)・彰子の3人の女性に焦点を当て、感想やこのときこんな気持ちだったのかなみたいな予想を書いていきます!

多くのネタバレが含まれているので、ネタバレOKな方・映画を観たうえで原作も何となく知りたい方・どっちも鑑賞済みで人の感想を読むのが好きという方は、ぜひ読み進めてください!!

映画での一番の驚き「春江と俊ぼん」

映画を観ていて一番衝撃だったのが春江が俊介と出奔するシーン。

「あなた喜久雄のこと大好きだったんじゃないの?!」となりました。背中に刺青を入れ、喜久雄を追って大阪にまで来た春江。

映画では俊ぼんが春江に対して気があるのかも? とは思ったのですが、その逆はまったく想像していなかったので、俊介と行方をくらましてふたりの子どもと一緒に戻ってくるシーンになったときは「え?」と言いそうになりました。

もしかしたら春江の気持ちの変化が描かれているかも? と思ったのが、小説を読んでみようと思った大きな理由のひとつです。

小説でも俊介の出奔は急で、春江とデキていたなんて描写はありませんでした。ただ喜久雄と春江の仲もかなりあっさり描かれていたように思います。(ベッドシーンはなかった)

もちろん春江は「喜久雄の女」ではあるのですが、俊介と疾走するのとほぼ同時期に喜久雄は芸妓の市駒(藤駒)と仲を深めていました。そして『曽根崎心中』の代役を勤めたときに、市駒は喜久雄との子を宿します。

もしかして結構春江のことを放っておいていたのでは? と思いました。事実、喜久雄は原作の方でも、俊介と春江の仲を怪しんだことは一度もなかったそうです。

そんななかで春江が俊介にだんだんと心移りしたのは自然なことだったのかもしれません。ボンボンでいつもどこか強がっている俊介ですが、繊細な面もあり、そばにいてあげたいと思うようになる気持ちも想像できます

ただ小説でも春江の心境がどう変化していったか書かれているわけではないので、読んだ人たちで想像を膨らませたいです……!

映画とは印象が変わった市駒

唯一、喜久雄の子を産んだのが芸妓の市駒です。映画版では藤駒という名で、役者の三上愛さんが演じられています。とっても可憐でどこか慎ましく、ガシッと胸を掴まれました。

映画では俊介と祇園で遊んだときに出会い、その点は小説でも同様です。ただ映画版だと「二号さんか三号さんでいい」と言いながらも、子どもと自分そっちのけで芸に勤しむ喜久雄に対してどこか少しやりきれない思いがあるような、被害者だと思っているようにも見えました

一方小説では市駒は市駒で自分の人生を着実に歩んでおり、喜久雄との結婚には興味を示さず、母となっても決して芸妓をやめません

ときが経ち、歌舞伎以外の仕事ですっかり疲れ切ってしまった喜久雄が、今まで散々放っておいたのにふらりと市駒のもとへ帰ってきたとしても怒るシーンなどはなく、縁側でお酒を酌み交わす穏やかな時間を過ごします。

映画では市駒(藤駒)のシーンは凝縮されてしまったものの、小説の中では筋の通った女性が描かれており、男性だけでなく女性から見ても、魅力的な人物だなと思いました。

映画版でも根性あるなと思った彰子はさらに肝が据わっていた

歌舞伎役者の娘・彰子は喜久雄を慕う女性です。小説では「歌舞伎役者・吾妻千五郎の次女」「お嬢様学校に通う大学生」「御曹司との婚約が決まっている」といった詳細が描かれています。

映画だと彰子の登場後、喜久雄と交際を始め、父の大反対に遭い、駆け落ちをすることに。そこからは喜久雄と彰子のドサ回りが始まります。

お嬢様育ちだった彰子が、自ら車を運転し、喜久雄のサポートを務めるさまは、なかなか根性があるなと思いました。偏見も混ざっていますが、ほとんど不自由なく育ってきた20歳前後の女性が、親の後ろ盾を失って生きていくとすると、半年くらいで音を上げるのではないでしょうか。

そんななか彰子は、どこか目に光を失いながらも、献身的に支えますが、ついに自分の中の何かがぷつっと切れてしまったのか、喜久雄が客と揉めた日に喜久雄から離れることを決意します。(この2人の屋上の場面は、映画の中でも名シーンですよね)

このあと映画版では登場しなくなるので、単純に寂しくもあり、彰子のその後が気になるところ。

一方小説では、下巻を通して彰子の人生を知ることができます

彰子が絡む部分で個人的に好きな箇所が2つあるので、ぜひ小説を読んで確認してほしいです。

1つは喜久雄と彰子の父・千五郎の関係、もう1つは喜久雄が演じることになる『鷺娘』への彰子の尽力です。映画では描かれていなかった彰子に出会えるので、読むとワクワクします。

小説を読むと、春江・市駒・彰子に対し、それぞれ「いいな」「好きだな」と思う部分が見つかり、彼女たちの人生が誰かの価値観や枠にはめられず、彼女たちなりのやり方で充実していくことを願わずにはいられません!

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